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はじめに
みなさんはどのようなバリュエーション指標を使っているでしょうか。
株式の本を手に取ればPERやPBRなどであたかも簡単に儲かる株が見つかるように紹介されますが、現実はそれほどあまくありません。
かくいう私も高校時代、たんにPBRが低いというだけで建設会社の株を買いました。
結果は、、、ご察しの通りです。
今回は、バリュエーション指標を紹介しながら、なぜそのバリュエーション指標が時として有効でないのかを紹介していきたいと思います。
初心者狩りのPBR
そのわかりやすさゆえに初心者が一番使いたくなる指標がPBRではないでしょうか。
PBR = 株価÷一株当たり純資産
純資産は、会計上、資産ー負債のことですね。
資産から負債を引けば、企業が清算した際に残るお金が出る。
それを一株あたりにして、株価がその価値よりも安ければすぐ解散させても儲かるぐらいだから割安だろう。。。
こういう考え方です。
会計を習ってない人であればだれもが納得したくなるシンプルなアイディアですが、実は純資産は清算価値と全く近似しません。
ここで一般的な貸借対照表を見てみましょう。

この計算にどこに問題があるのでしょうか?
資産負債は時価で計上されていない。
まず、簡単な話から始めると貸借対照表のすべての項目は時価(=売却できる価格)で計上されているわけではありません。
上記の表でいうと”有形固定資産”、”無形固定資産”は過去に買った値段から使ったであろう価値(減価償却費)を引いた金額が載っています。
一般常識で考えるとわかるが、田舎の工場や特殊な機械などはなかなか買い手がつかないから、ほとんどの場合のこの帳簿の価格で売ることはできないわけです。
よって解散価値は純資産よりずっと小さくなります。
ブランド価値は資産計上されない
では、逆にPBR1倍以上だったら高いのか。
これも実は正しくありません。
コカ・コーラのPBRは9.7倍です。

会計上は、ブランドや技術力のような無形の資産は、恣意性をなくすため、実は計上されていません。
毎年公表されるブランド価値の報道によればコカ・コーラのブランド価値は800億ドル程度です。
これが計上されないことでいかにミスリーディングなPBRが出ているかがわかります。
ブランド価値修正後のPBRはたったの1.7倍です。
最大の落とし穴人件費
そしてなにより大きいのが人件費です。
日本で人は簡単には首にできない。
本来であれば一人当たりで年収500万円×20年=1億円くらいの人件費(+福利費)がほぼほぼ将来回避できないキャッシュアウトフローとして確定しています。
当然それに見合う利益が出れば問題はないのですが、たいていPBRの低い会社というのは将来の成長見込みが低く、かつすでに収益性が悪化しています。
この影響を無理やり加味しようとするならば、上述の人件費を負債として挙げることになるでしょう。
(会計上は、従業員がすでに働いた分のみ債務が確定したとして負債計上されているためせいぜい1か月分程度の負債しか上がっていません。)
まとめるとPBRを本気で使いたいなら次の図のように計算しなくてはいけません。

特に無形資産は外部の人間が評価することはかなり難しいです。
PBRだけ投資をすることがいかにばかげていることかがわかるでしょう。
お手軽なPER
こちらも言わずと知れた指標でしょう。
PERはいうなればバリュエーション指標界の冷凍食品です。簡単に使える分うまみは落ちる。
計算式をまずは振り返ろう。
PER = 株価÷1株当たり純利益
PBRは、会計上の資産・負債のみに頼りすぎていたため収益性を加味しようということです。
利益は配当の原資になるものなので、初期投資額(=株価)を何年で回収できるかという指標で用いられます。
その手軽さから投資をする際に、明らかに割高なものを避けるという意味でとても有用な指標といえるでしょう。
ただ、問題点がないわけではありません。
直近でPERが低い割安株を見てみましょう。
特徴をわかりやすくするためにPER5倍以下という極端な例で調べてみます。
(リンクはバフェット・コードに飛びます。)
1位は、東芝でPERは、驚異の2.1倍です!
2年程度で回収されるなら当然買いといいたくなるところでしょう。
もうお分かり頂けたかもしれませんが、だいたい企業にはその期に特有の損益が存在します。
東芝であれば19年3月期は、東芝メモリ売却にかかる売却益約1兆円で利益がかさ上げされているに過ぎません。
この影響を除けばPERは、せいぜい25倍程度となります。
特殊要因を除くためには、数年間の平均をとることがおすすめです。
(手計算で営業利益×(1-税率)を当期利益として使う方法も考えられますが、IFRS、米国基準ではそもそも営業外損益、特別損益の概念がほぼないため非経常的な部分を切り取るのは難しい。)
PERの問題点はそれだけではありません。
会計基準によって当期純利益は大きくずれてしまいます。
IFRSと日本基準の差については以下の記事についてまとめているのでご参照ください。
最も大きいのはのれんの償却、有形固定資産の償却方法です。
問題①:のれんの償却
のれんとは被買収会社の純資産額と買収価額の差額のことです。

要するに取得資産よりも高い価格で買ったのはシナジーなり、識別できないその会社の魅力があるのだろうということでそれを資産計上しています。
日本基準では、のれんは時間の経過とともになくなっていくだろうということで、20年以内の年数で償却しなければいけません。
一方でIFRS、米国基準は毎期減損テストを行ってのれんの価値が目減りしていないかをテストして、目減りしていたときだけ損失を計上することになっています。
例えばソフトバンクが半導体企業のARMを買った際には3兆円もののれんが発生したといわれており、これを例えば10年で償却するなら年間3000億円。
とても無視できる金額ではないでしょう。
問題②有形固定資産の償却
有形固定資産の償却方法は大きな基準差があるわけではありませんが、IFRSはほとんどのケースで使用年数に応じて均等に償却していく定額法しか認められていません
一方で日本では最初の1年目に一番多く償却が発生する定率法が採用されているケースが多く見受けられます。
どれくらい費用に差が出るかというと、1年目は定率法のほうが定額法の2倍の費用になる。
過去記事で、100万円の固定資産を10年で償却する場合の償却額推移を乗せているのでここで転載しておきます。

いろいろ問題点を述べましたが、問題点があることを認識したうえで簡便的につかうのであれば実用に耐えうる指標だといえるでしょう。
最後に一点注意してほしいが、PERは過去の数字(又は会社の翌期予想の数字)にすぎません。
将来にわたってこれが維持されるという淡い期待を持つのはやめましょう。
PERが低いのには低成長又はマイナス成長などの理由が必ずあります。
低PER投資をやりたければ必ず会社の将来計画を批判的に検討することを忘れないでおきたいところです。
なおPER投資の目安となる数字は当然業界によって変わってきますが、コカ・コーラ等の超一流成熟企業はPER20倍程度になります。
ITベンチャーであれば200倍近くいく会社もあり判断が難しいですが、高値づかみは素人が大損を出す典型例なので、どんな成長株でもせいぜい50倍くらいの会社までにしておきたいところです。
プロも使うEV/EBITDA倍率
PERは、会計基準や税制に影響を大きく受けるということでその影響を極力なくそうと考えられたのがEV/EBITDA倍率です。
なるほど名前からしてかっこいいしプロっぽい。
これはすごいのじゃないか。。。となるでしょう。
まず指標の計算方法の説明からしたいと思います。
計算式はそのままでEV÷EBITDA。
EV
EVとはEnterprise valueのことで日本語では企業価値です。
企業価値がわかるのか?と疑問をお持ちの方も多いかもしれません。
これは調達サイド(貸借対照表の右側)に着目して計算されています。

それぞれ時価に直す作業が必要だが負債は正直ほとんど時価と変わらないからそのままでもよいでしょう。(IFRS、米国基準の会社であれば有利子負債の時価は注記されているのでそれを使ってもかまいません。)
純資産はもともと株主の持分であるため、時価に直す際には、株式の時価総額を利用します。
(厳密には非支配持分、新株予約権等株主に帰属しない部分はありますが、多くの場合無視できます。)
EBITDA
分母のEBITDAは、小難しく見えるが実は英語の意味を理解すればめちゃくちゃ簡単にわかります。
Earning before interest, tax, depreciation and amortization
英語がわからない人からすればさっぱりですが、
利子(Interest)、税金(Tax)、有形固定資産の減価償却(Depreciation)、無形固定資産の減価償却費(Amortization)を控除前の(Before)利益(Earning)です。
数式が覚えられない人のために一応なぜこれらの項目が調整されるのか解説しておこう。

まず、利子。これは資本構成によって企業の事業価値は変わるものではないはずという前提に立っています。
負債にだけ発生するコストだけを含めるのはおかしいという理屈ですね。
(本来株主資本に対してだって配当というキャッシュアウトは存在するが会計上の損失にならない。)
次に税金。これは国や地域によって企業の強さが変わるのは、このグローバル時代にいかがなものかとということで控除したものです。
税制が一生変らないのであれば、事業を行う場所も企業の強さととらえることもできなくはないですが、記憶にある限りでも昨年米国で大きな税制改正がありましたし、数年前には日本で毎年法人税が変っていました。
このような状況であれば事業を評価するために税金は邪魔なので除きましょうということです。
最後に減価償却費については、先ほどPERの項目で説明した通りだが採用する会計基準によって大きく償却金額が変わってしまいます
この影響をなくすために減価償却を利益に足し戻してあげるのですね。
この減価償却を足し戻すあたりが、キャッシュフローに近いという理由でフリーキャッシュフローの代用としてEBITDAが用いられる傾向にあります。
なおフリーキャッシュフローとは事業から得られたキャッシュフローから設備投資に伴う支出、運転資本の増加額を差し引いたものです。
経営者が配当に回したり、再投資に回したりと自由に使い道を決められるお金なのでフリーキャッシュフローと呼ばれています。
話を戻しましょう。
EBITDAは、概ね事業から得られたキャッシュフローに近くなるので、EV/EBITDA倍率は、今の企業価値と同等のお金を何年で回収できそうかという指標です。
これは実際に実務でもマルチプル法という企業価値の評価方法の一つとして使われている方法ですね。
実務で使われているだけあって、PBRやPERよりも問題点が少ない。
企業が大幅な買収を行ったというニュースが飛び出せば、高すぎる価格で行っていないかぜひともチェックしたい項目です。
割安かどうかの目安は大体8倍から10倍です。
買収のプロである元インベストメントバンカーの話でもそのくらいの数字であれば違和感がないとのことでした。
EV/EBITDA倍率の問題点
さて、一応問題点を確認しておきましょう。
EBITDAはあくまでフリーキャッシュフローの簡便的な方法にすぎないことから、設備投資が加味されていません。
ここで二つの企業を比較してみよう。

①は、設備をいっぱい使って儲ける会社です。一方で②は、設備はそれほど使わずに効率よく売上を上げている会社ですね。
利益は企業②のほうがよく、これを見る限り明らかに企業②のほうが資本も使わずに利益を上げているのでいい会社にみえるでしょう。
ただ、この会社のEBITDAを計算すると両者ともに20となる。
つまりこの2社はEV/EBITDA倍率を使う限りにおいて企業価値が同じにならないといけないという不思議な結果が出てしまいます。
同業比較をする上でそれほど問題にならないケースも多いですが念のため気をつけておきたいところです。
EV/EBITDAを改良するとしたらこれだ!EV/(営業CF-固定資産購入高)
私はいつも不思議に思っているのですが、今の時代EBITDAをあえて使う必要はありません。
キャッシュフロー計算書があれば簡単にフリーキャッシュフローに近いものが計算できるからです。
フリーキャッシュフローは事業から得られたキャッシュフローから設備投資と運転資本の増加額を差し引いたものでした。
キャッシュフロー計算書を見れば事業から得られたキャッシュフローは営業キャッシュフローであり、設備投資は有形固定資産の購入額(+無形固定資産の購入額)ですね。
運転資本こそありませんが、運転資本にはそれほど重要性がないため無視して問題ないです。
こうして簡単にフリーキャッシュフローに近い計算結果が得られるのだからこの営業キャッシュフローマイナス設備投資額とEVの比で割安かどうかを判定すればよいかと思います。
この指標については、バフェット・コードに追加できないか頼んでみました。
「一般的に有名な指標が先やな。。」
とのことで当分実装されそうにないですが、EV/EBITDA倍率を使うときは一応固定資産の大きさに差がないか注意を払った方がベターです。
終わりに
いかがだったでしょうか。
今回は、メジャーなバリュエーション指標に関し、落とし穴になりそうな部分を中心に取り上げました。記事の構成上悪い面を中心に書いてしまいましたが、どの指標も長く残っているだけあって、使い方が正しければ有用な指標です。
ただ、割安な結果が出た場合、必ずそこには理由がありますので指標の結果を解釈するという努力が大切かと思います。
私のようにいきなりずっこけないためにも、指標を複数使う、必ずIR資料を見ながら企業の質的な将来を吟味するということを徹底したいところです。
なお今回最近はやりのPSR,PEG等の指標は文字数の都合上掲載しておりません。
今後ニーズがあれば追加記事で書いていこうと思います。
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いつも勉強させていただいております。
“つまりこの2社はEV/EBITDA倍率を使う限りにおいて企業価値が同じにならないといけないという不思議な結果が出てしまいます。”という点が理解できません。EVが違えばその倍率の数値も変わると思いますし、EVが同じにならないといけないという解釈もできないように思います。
解説いただければ幸いです。
ご返信が遅くなってしまいすみません。
この記事は、EV/EBITDA倍率で割安度を判定した場合どのような弊害があるかを説明しています。
EV/EBITDA倍率のみで割安度を判定する場合、EBITDAが同じであればその内容にかかわらず企業価値が決まってしまうため設備投資の巧拙等がうまく反映されない指数となっていることを示しています。
(EV/EBITDAの判定で魅力度が同じ(=EV/EBITDA倍率)であり、EBITDAが同一であれば企業価値が同じであるといっているにすぎません。)
仮に質問者様がおっしゃるようにEVが異なるとすると恐らく投資をうまくやっている企業のほうがEVが高くなりEV/EBITDA倍率が高くなることから割高と判断されます。結果資本をうまく使えていない企業のほうが割安と誤って判断されてしまいます。
これがEV/EBITDA倍率の弊害になります。